時たま、旅人

時たま、旅人

自称世界遺産ハンターが行く!旅好き会社員の備忘録

印刷博物館と鉄道の聖堂

 

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アントワープ大聖堂を出て、かつてアンティゴーンという巨人がそこを通る船に法外な通行料を課したというスへルデ川沿いまで出てきました。振り返るとネーデルラントでは最も高い建築物だというアントワープ大聖堂の123mの尖塔が空を突き刺すのように伸びています。ちなみに2位はブルージュにある聖母教会の122m。聖母教会が先に建造されたことを考えると明らかにこの1mは意図的だな・・・と思えます。f:id:greenbirdchuro:20190609112053j:plain

 

スヘルデ川沿いを歩いてみましたが、地図で見るよりも川幅が広く感じました。伝承では巨人がこの川を跨いで立っていたことになっていますからかなり背が高かったはず。鬼と一寸法師みたいな闘いだったんでしょうか。f:id:greenbirdchuro:20190609115723j:plain

 

スヘルデ川に沿って北上するとステーン城がありました。これまで見てきたお城に比べるとかなり小規模で、城塞というより砦といった感じです。イベント時しか開館しないらしく残念ながら中には入れませんでした。f:id:greenbirdchuro:20190609114712j:plain

 

旧市街の中に戻り、次に向かったのはプランタン・モレトゥス博物館でした。世界で初めて単独で世界遺産に登録された歴史ある印刷博物館です。もともとは「オフィキナ・プランティニアナ」という印刷工房でした。f:id:greenbirdchuro:20190613113117j:image創業者のクリストフ・プランタンは製本職人でしたが、納品先に向かう途中に強盗に襲われ腕を負傷し、活版印刷への転向を余儀なくされます。彼は16世紀後半に大規模な印刷工房「オフィキナ・プランティニアナ」を起こしました。工房は娘婿のヤン・モレトゥスに引き継がれ、以降3世紀にわたって子孫が事業を続けてきました。1876年に事業を閉めるにあたって、当時の当主エドアール・モレトゥスが印刷機器や数々の文献等ごと工房をアントワープ市に寄贈したのが博物館の始まりです。

 

教会や宮殿のような立派な中庭からはこの工房の手掛けた出版事業がいかに大規模なものだったか伺えます。f:id:greenbirdchuro:20190609114929j:plain

 

寄贈された機材の中には世界最古の印刷機2台も含まれていました。展示されたものを見ると、今でも使えそうなくらいしっかりとした状態ですが、16世紀のものだと思うとゾクゾクします。f:id:greenbirdchuro:20190609114938j:plainf:id:greenbirdchuro:20190612121440j:image

 

館内には当時使われていた膨大な活字も保存されていました。これを組み合わせて活版を作ったと思うと鉛筆さえ握らないパソコン依存のわたしには気の遠くなる作業です。f:id:greenbirdchuro:20190609114946j:plain

活字を組み合わせて作られた活版。この1ページを作るのにどれくらいの時間がかかったんでしょうか。f:id:greenbirdchuro:20190609121302j:image

ようやく印刷。ここまで長い工程ですね。f:id:greenbirdchuro:20190609114950j:plain

 

保存された書簡や書類の数も膨大でしたが、文章だけでなくカラフルな挿絵が印象的なものをいくつか写真に収めめみました。f:id:greenbirdchuro:20190609114958j:plain

そして、当時の地図。文章の作り方は容易に理解できましたが、この地図や曲線はどうやって表現したんでしょうか。f:id:greenbirdchuro:20190609115051j:plain 

 プランタン・モレトゥス家の依頼でルーベンスが描いたキリスト復活は、現在はアントワープ大聖堂に収められています。創業者クリストフ・プランタンの孫は亡命先のドイツからアントワープに戻ったルーベンスと同級生だったそうです。王の画家で画家の王と呼ばれたルーベンスに礼拝堂の絵を描いてもらえるなんて・・・コネ?お金?プランタン・モレトゥス家が所有していた骨董品とも呼べる印刷機器や文書や美術作品をもし鑑定に出したら恐ろしい値段がつくだろうな・・・いや、値段なんてつけられないのかも ・・・なんて想像をしてしまうのはわたしだけではないはず。それを市に寄付してしまうなんて本当のお金持ちって心も豊かなんですね。

 

夕食の場所は大聖堂を眺めながら食べれる店を選びました。アントワープの地ビールをリクエストしたら、王様という意味のデ・コーニンク(De Koninck)が出てきました。麦芽の香りが芳醇で、口に含むとオレンジとスパイスの香りがします。f:id:greenbirdchuro:20190611221926j:image

 

2杯目は、日本でも人気あるヒューガルデン・ホワイトでした。口当たりは爽やかですが、デ・コーニンクと同様フルーティな中にスパイスの香りを感じます。f:id:greenbirdchuro:20190611221931j:image

 

北海エビのサラダを頼んだら、想像を超えた量の北海エビが入ってました。トマトまるごと3個の中にも北海エビがぎっしり詰まっていて、一生分を食べた気分です。さっぱりしていてとても美味しかったので、完食しましたけど。f:id:greenbirdchuro:20190611221937j:image

 

メインのビーフ・ポーク・チキン・ラムのミックスグリル・・・。ほど塩加減・グリル加減で美味しいんですが、北海エビの後だったので、オーダーした自分を責めてしまいました。肉に付いているリブは肉を大きく見せるある種の詐欺だと思っているわたしですが、今回ばかりはそのリブすら有難く感じました。f:id:greenbirdchuro:20190611221942j:image

 

番外編です。ベルギーと言えばチョコレートですよね。日本にもベルギーブランドのチョコレートは多く流通していますが、同じものがこちらではとても安くで手に入ります。今回のお土産は甘過ぎない上質なベルギーチョコレートで決まりです。f:id:greenbirdchuro:20190611222009j:image

 

 アントワープの滞在は1泊だけ。翌朝は脇道中心に市街地を散策しました。f:id:greenbirdchuro:20190609114821j:plain

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通りの向こうにはアントワープ中央駅が見えてきました。「列車のための大聖堂」とか「鉄道の大聖堂」の異名をとる美しくも巨大なの駅です。f:id:greenbirdchuro:20190609113958j:plain

 

近づくほどにその荘厳さに圧倒されます。さすがに国の重要文化財!心なしか後光が差しているようにも見えます。第2代ベルギー国王のレオポルド2世の命で現在の場所にアントワープ中央駅が完成したのは1905年。地下2階・地上2階の4フロアの駅を利用する人は1日あたり3万5千人近く、「名探偵ポワロ」を初めとする多くの人の映画やドラマの舞台になってきました。f:id:greenbirdchuro:20190609114004j:plain

 

ベルギーを代表する建築家ルイ・デラサンセリが設計した駅舎が豪華なのは外観だけではありません。ベルギー特産の色大理石をふんだんに使用したネオ・バロック様式の内装の豪華さには圧倒されっぱなしです。美しく細工された広い階段を昇り降りするだけで、自分が高貴な身分になったような錯覚さえ覚えてしまいます。f:id:greenbirdchuro:20190609114138j:plain

 

クレメント・フォン・ボガード作のプラットホームは長さ185m・高さ44m。ホールの重厚さと対照的に、鉄とガラスを多用した美しいアーチの屋根がとても近代的です。f:id:greenbirdchuro:20190609114214j:plain

 

ヨーロッパの駅のホームと言えば列車が並列にずらりと並んでいるイメージですが、アントワープ中央駅では地上階と地下1階、地下2階に分かれたホームを列車が行き来します。東京ではよくある構造ですが、ヨーロッパで左右・上下に列車が並ぶ様子はとても珍しいようです。f:id:greenbirdchuro:20190610220713j:plainf:id:greenbirdchuro:20190609114223j:plain

 

プラットホームから振り返って見える駅舎の入り口部分もホールと同じく精巧で、駅にしておくのは勿体ない・・・なんて思ってしまいますね。f:id:greenbirdchuro:20190609114156j:plainf:id:greenbirdchuro:20190609115434j:plain

 

伝統を感じさせる重厚さを損なうことなく、機能的・近代的な部分が新しく見事に融合したアントワープ中央駅。ここから次なる目的地に向けて列車の旅が始まります。

 

ベルギー・アントワープへの招待

ベルギー・アントワープへの招待

 

 

 

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