時たま、旅人

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自称世界遺産ハンターが行く!旅好き会社員の備忘録

取り壊し寸前だった王宮とスロバキアグルメ

 

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聖マルティン大聖堂のすぐ目の前にはホロコーストの犠牲者を悼む記念碑がありました。忘れないという言葉が添えてあり、お花だけでなくブダペストのシナゴーグと同じように朽ちないことで永遠を意味する石がたくさん備えられてありました。f:id:greenbirdchuro:20190527190820j:plain

 

その南側にあるスロバキアの詩人の名を冠したフヴィエズドスラヴォヴォ広場にはペストの終焉を記念して建てられた三位一体の像がありました。プラハやブダペストで見たものに比べるとこじんまりしています。それにしても、ペスト終結の記念像はヨーロッパのあちこちの都市で見られますが、人口が大きく減るような大惨事の終焉は本当に本当に嬉しいニュースだったんですね。f:id:greenbirdchuro:20190524141128j:plain

 

 

 旧市街の南にあるドナウ川沿いまで来ると岩山の上に建つブラチスラヴァ城が見えてきました。

 

お城のある丘の周りにも民家があり、当然ながらそこで暮らす人々がいます。火事にでもあったら消防車なんて絶対に入り込めないような細い上り坂と階段の混じった路地を登っていきます。f:id:greenbirdchuro:20190524141131j:plain

 

振り返ると街を横切るようにドナウ川が流れていて、そこにかかる長い橋になにやら不思議な建造物があります。これがブラチスラバで一番高い建造物で、円盤の形からUFOの塔と呼ばれる高さ80メートルの展望台です。f:id:greenbirdchuro:20190524141135j:plain

 

お城と眼下の景色の両方を見ながら坂を登り、ようやくお城に到着しました。f:id:greenbirdchuro:20190524141137j:plain

 

正面から撮った写真では分かりにくいものの、四隅に塔のある四角の形状からブラチスラヴァ城は「ひっくり返ったテーブル」とか「ひっくり返った寝台」とも呼ばれています。広大な宮殿は歴史博物館や音楽博物館として一般に開放されていました。塔に上れば、さらに一段高い場所からドナウ川や街全体を見渡すことができそうです。f:id:greenbirdchuro:20190524141153j:plain9世紀に基礎となる宮殿が建造されて以降、それぞれの時代の城主の趣味や流行り廃りなどで改築・改装が繰り返されてたブラチスラヴァ城には1000年を超える歴史があります。すっかり街のシンボルになっていますが、驚いたことに再建するか完全撤去するか検討された時代もあったそうです。旧市街に中世の雰囲気が残っているのにお城がなかったら魅力半減ですから、撤去しないで本当に良かったですね・・・。

 

ブラチスラヴァ城が石造りのゴシック様式に改築されたイシュトヴァーン1世の時代には重要な要塞の一つでもありましたし、オスマン帝国に侵攻されてハンガリーの首都がブラチスラヴァに逃れてきた16世紀には文字通り王の居城でした。この時には王の居城に相応しいようにとルネッサンス様式に改築されています。さらには、マリア・テレジアの時代にはバロック様式に改築され、それがこのお城の歴史上もっとも大掛かりで、もっともこの城が栄えた時代でもありました。f:id:greenbirdchuro:20190524141141j:plainマリア・テレジア自身が住んでいたこともあったそうですが、主にはハンガリー総督の地位を与えられた彼女の義理の息子が居城として使用していたようです。ところが、栄華を極めたお城も彼女の死後には廃れる一方・・・とうとう1811年には衛兵の不注意による火災全焼してしまいました。1950から60年代にかけて修復工事、さらに2008年に始まった大規模改修で現在の姿に生まれ変わりました。かつての外壁は茶色だったので白く塗りかえられて、ずいぶんと印象が変わってしまったようですね。王宮だった割りにはシンプルな外観で、悪く言えば重厚さに欠けるかもしれませんが、今では立派な街のシンボルです。

 

城を守るように取り囲んだ石垣は細かく丁寧に積み上げられていました。ちなみにイシュトバーン1世がゴシック様式に改築する前は木造の城壁だったそうです。木造の要塞では心許なかったんでしょうね。f:id:greenbirdchuro:20190524141151j:plain

 

お城から眺めた旧市街には背の高い建物はそうありませんから、遠くからでも目立つのはミハエル門と聖マルティン大聖堂くらいです。茶色の屋根が並ぶ様子はプラハに似ている気がします。f:id:greenbirdchuro:20190524141158j:plain

 

ブラチスラヴァ城から再び旧市街に降りてきました。振り返ると細い路地の建物の間からお城が見えています。クネクネした路地の雰囲気と相まって中世にタイムスリップしたようです。f:id:greenbirdchuro:20190524141206j:plain

 

ブラチスラヴァでの食事のチャンスはディナーの1回だけでした。町歩きの時に目星をつけておいた人気店は混雑していましたが、なんとか席に案内してもらう事が出来ました。

 

歩き回った後なのでスロバキアビールが美味しい!そして、いわゆるガーリックスープのツェスナコヴァー・ポリエウカにはチーズがゴロゴロと入っていました。スロバキアでは、食材に乏しい寒冷な内陸地の冬を乗り切るためのスープ料理のバリエーションが豊かなようです。確かに体の芯が温まりそうなガッツリのニンニクが入っていました。f:id:greenbirdchuro:20190524141520j:imageスロバキアもチェコやハンガリー同様にミネラルウォーターやソフトドリンクよりもビールのほうが安いくらい。地域限定銘柄も含むと国内だけで42の銘柄があるそうです。残念ながら銘柄を確認するのを忘れちゃいましたけど・・・。

 

ダンプリングとオーダーすれば・・・チェコでは甘めの蒸しパン、ハンガリーではニョッキ風のガルシュカが出てきました。どっちもメイン料理に添えられてパンやライスやポテトのポジションでしたが、ここスロバキアのダンプリングはほぼ餃子です。丸いお団子のようなダンプリングを割ってみると中身はぎっしりと詰まったひき肉でした。餃子のようにニラやニンニクを効かせてあるわけではないので、ちょっとパンチにはかけます。メインにはなりきれないので、前菜やサイドメニューのポジションですね。f:id:greenbirdchuro:20190524141511j:image元々ダンプリングは団子って意味のようですから、スロバキアのダンプリングが本来の意味に一番近いのかもしれません。

 

品切れが続いたブダペストではなかなかお目にかかれなかった豚のローストも食べることが出来ました。表面をカリッと仕上げて肉の旨味をギュッと閉じ込めながら、口の中で肉が蕩けるくらいまでじっくりと時間をかけてローストされています。甘辛いコクのあるソースで味付けされていて、ブダペストで食べたフォアグラの味付けと似ていました。そして、肉の下にしいてあるのはハンガリー版のダンプリング。
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一般的なスロバキア料理と言えば、タトラ山脈の麓の北東地域の料理を指すらしいので、ブラチスラヴァで食べたものは典型的なスロバキア料理には該当しないかもしれません。歴史的背景もあってハンガリー・チェコ・オーストリア料理との共通点が多いようですが、わたしが食事をしたレストランは味付けが凝っていて、オーストリアやチェコよりもハンガリー料理に近い印象でした。この街が長い間ハンガリーの首都だった影響かもしれませんね。

 短い滞在でしたが、スロバキアの首都ブラチスラヴァは街並みもキレイで、人ごみを少なく、お料理も美味しいステキな街でした。

美味しい思い出で締めくくって、いよいよヨーロッパを離れる日がやってきました。

 

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